緑内障手術までの経緯をメモっておこう。その1
カラダのこと - 2018年11月18日 (日)
今回の緑内障手術までの経緯をまとめておこうと思います。
第一の波は、
36歳のときに、「虹彩毛様体炎」発症。
ある日突然、目が動かなくなり、
明るいところを見るとキラキラお星さまがとんでいて。
あまりにもヘンなので眼科へ。
眼圧60/62で、右目視野4分の1が欠ける。
眼科医師からは、これくらいで済んでよかったです、とのこと。
失明の可能性が高い状態だったそうです。
1か月もかからずに、眼圧は正常に戻り、点眼薬もなしに。
その後、1年間は3か月に一度の眼科定期検診。
1年後からは、半年に一度の眼科定期検診。
が、引っ越しをして近くに眼科がなく、眼科定期検診をサボるようになってしまう。
それが10年前から。
ただ、健康診断時に眼圧は測っていて、正常値でしたので安心してました。
この虹彩毛様体炎は、いろんな検査をしても原因不明だったんですが、
いまから考えると、これが原因かも、という心あたりがあります。
その年は、PTA役員で副会長(抽選)、子供会の会長(くじ引き)、地域委員、自治会の組長と
もーこーなったらやぶれかぶれって感じで、役がいっぱい押し寄せてきた年でした。
しかも、家に居るけど自営でPOPライターの仕事をやっていたし
おまけに、社会人ソフトボールチームに入っていて、練習や試合に駆けまわっていました。
その上で、義父の肺気腫が悪化して
入退院を繰り返すようになった年でもありました。
どんだけやねんっ! って今なら思います。
仕事で徹夜して、早朝に子どものお弁当つくって・・・
キャパオーバーでしょ、いくらなんでも。
そりゃカラダが悲鳴をあげるわ。
ぜんぜん自分を大事にしてあげてなかったなー
そしてその悲鳴は、弱いところに出るんだと思います。
第二の波は、、、続きます。